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5月9日発売の雑誌プレジデントの115頁に「火災の科学」が紹介されています。
伝えたいのは記事になった経緯。3月10日の発売後、色んな偉い人にも送ったので、その人の紹介かと思って、記者さんに聞いてみると。
「本屋で読んで、むすびを見て、震災前にこれが書かれていることに感動して」とのことでした。ということで、感動を呼んだ「むすび」です。国交省の委員会なんかでも、ずっと言い続けてるんだけど、あまり理解されず、苦労していました。本を書くことの意味を理解した瞬間でした。プレジデントの記事とは少しニュアンスが違います。
「書き残したことで、一番、気がかりなのは「機械は故障する」という事実に対する認識の低下である。このところ、世の中にあるものは故障率が随分と下がってきたので、利用者はこれが故障したらどうなるか、について想像することを止めてしまったように見える。昔の車はエンジンが一度でかからないことを多かった、電気屋さんでは客の目の前で電球が点くことを確認してから売っていた、などと学生に説明しても、皆、実感がわかない顔をしている。この「安全は何もしなくても保証されるだろう」という人間側の錯覚と、どんなに確率は低くても故障は必ず起こるという科学的事実をどう調整するかが残された課題と考えている。」 (辻本)
永らくのご無沙汰です。
初めての単著(火災の科学、中公新書ラクレ、3月10日発売)に時間を取られ、ようやく解放されたと思ったら、発売翌日に「未曽有」の東日本大震災が起こりました。「未曽有」の言葉は、有史以来の地震の規模に対してではなく、津波について深く知ろうとしなかった自分への自戒のつもりで使っています。津波の先端が高速道路を飲み込む姿を、テレビで生で見ながらも、あそこで停まるだろうと思っていた自分の想像力の無さを、ただただ、悔やむばかりです。
11日当日は建築学会理事会で、小生が定款改正の説明を始めたところで、地震が発生し、即日、大震災調査復興本部長(関東選出2年目の副会長の宛て職)になり、気の休まらない日々を送っています。
添付の主張(建築雑誌、2000年1月)のように、車もクーラーも30年以上、拒否して、原発事故があっても大丈夫なライフスタイルを貫いてきた小生としては、言い方は悪いけど、「わが世の春」とでも言うべき状況です。ドライミストも夏の節電対策で注目されてるし、全くの門外漢なのにスリーマイルアイランド原子力発電所のVisitors Centerを二度(1982,99年)も訪問していることも不思議な予知能力?
しかし、技術者としても研究者としても、現地調査や報告会ぐらいしかできない自分に、かなり気分的に沈んでおります。それでも色んなところからの問い合わせは来るし、所詮、小生にできることは現状分析。そこで、頑張ってなごミストブログ、都市防災ブログの両方に
A. 家庭用ドライミストの緊急事態(http://blog.livedoor.jp/misuto601/)
B. 津波で流された自動車からの出火危険
を書きました。ご一読いただければ幸いです。
B. 津波で流された自動車からの出火危険
まずはスリーマイルアイランド原子力発電所の話。1979年に事故を起こした現場を見てみたいということで、1983年ワシントンでの国際会議のあと、学生さんに運転してもらって100キロ強のスリーマイルアイランドへ。(授業では川を遡上したので、ポトマック川と言ってましたが、このブログを書くので調べたらもう一本北側のサスケハナ川でした。授業で間違って教えられた皆さん、訂正です)スリーマイルアイランドの名は、周囲長が3マイルの川の中州から来ているのですが、川沿いにあることしか知識がない状態で雨の中、目前に巨大な冷却塔が現れた時は感激しました。もっと驚いたのは、原子力発電所が最もよく見通せる川沿いにVisitors Centerがあって、センターの建物内で事故の詳しい説明が展示され、建物横の芝生には現在の放射能の強さを示す計測器がずらっと並んでいたこと。観光地とは言わないまでも、観光モードの展示だったこと、世界のワシントンから100キロちょっと(ボルチモアからなら真北に80キロ)のところに原発があることが、アメリカの度胸の良さを感じさせました。99年はさすがにもう事故から20年経ったのでVisitors Centerも閉鎖か、やっていてもさびれているだろうと確認の意味で行ってみました。結果は、展示の中身がエコロジーを加味したものにはなっていましたが、相変わらずで、歴史はきちんと残すという意味でも感心しました。
我々が東京から100キロのところに原発を作れたか?東海村の人身事故現場をきちんと保存して居るのか?問うべきことは沢山、あります。
さて、今度の東日本大震災については、まだまとまった意見が書けません。ただ少し現場を見させてもらった仙台市での経験から、火災の専門家として気になることを。題名の、津波で流された自動車からの出火危険です。大きな驚きは、津波からの避難が自家用車で行われること、そしてまさしく、その自動車が流され、相互に、もしくは建築物にぶつかるなどして出火していることです。避難するための道具が、自分を追い詰める道具になる可能性がある点は、やはり言っておく必要があります。実際、避難者が乗り入れた車が流されて出火し、避難先の小学校が燃えたという例があるようです。
添付の主張のように、車は走る凶器です。災害から逃れる道具としても、これに頼らざるを得ない社会は、やはり変えないといけない、と考えます。 
その場で素人の質問と断って「医療用と産業用、どっちが先に開発
されましたか」と質問したら、多分そうだとは思いましたが、「
医療用です」。でも、その理由がふるっていました。
「医療用は、保険で検査費が出るんで、少々高くても売れるんですよ」
こんなところにも医療費を押し上げる根本原因が潜んでいるとは…。
安全のために、と定期点検を義務付けている側の人間として考えさせ
られます。
(2010.1.18 辻本)
ということで、本題は昨今、都心に雨後の筍のように建築されている集合住宅。エコブームに便乗した、土建屋のコンパクトシティ構想で、都心に超高層住宅が林立している。火災の面からそこが気になるのは、建物隅角部でのスパンドレル(腰壁)の短さである。100mを越える集合住宅では、眺望が拡がり豊かな感じがするため、隅角部の部屋ではスパンドレルが法定の90cmギリギリまで削られているように見える。
このスパンドレル設置の義務化は、ある住戸から出火した時に火災が出火住戸に留まり、上の階に容易に延焼しないように求めるもので、90cmは経験的に設定された値で、延焼を100%防ぐために十分な長さではない。ということで、詳細は省略するが、「長くて高い」の持つ不安をぬぐうためにも、万一の場合に余裕のある設計を望みたい。
下記のとおりグローバルCOEプログラム第3回セミナーを開催いたしますので、ご案内させていただきます。
グローバルCOEプログラム第3回セミナー
「火災都市江戸から学ぶ
日時:2009年6月22日(月)
18:00〜20:00
場所:東京理科大学森戸記念館
地下1階第1フォーラム(map)
講師:アメリカ ジョージタウン大学
日本歴史専攻
ジョルダン・サンド准教授
(Associate Professor Jordan Sand)
主催:東京理科大学 総合研究機構 火災科学研究センター
グローバルCOEプログラム
「先導的火災安全工学の東アジア教育研究拠点」
参加費・ご予約は不要です。お気軽にお越しください。
以下、詳細を画像ではございますが、添付させていただきます。
pdf版はこちらです。

この実験は故浜田稔先生が東京理科大学教授時代に、鉄道火災対策技術委員会委員長として行ったもので、撮影者は当時研究室大学院生の近藤友一氏です。
学科研究室に保存されていたもので資料性に考慮し、掲載することにしました。

参考文献1 滝田光雄ほか 鉄道トンネルと火災対策、火災、101巻、1976年、日本火災学会
文責 前川
http://map.yahoo.co.jp/kochizu/
2007年1月25日〜3月15日まで試験的に公開されているサイトです。
東京の都心部の江戸・明治・現代の地図・航空写真を比較して見る事が
できます。江戸時代からの地図の変遷をわかりやすくみることができます。
ただ地図を並べて見る事ができればもっとわかりやすくなる気がします。
期間が過ぎたあとも常に閲覧できるようになれば古地図に親しむ上で
役立つのではないでしょうか。

ここ最近作業を続けてきた、マップインフォによる「東京区部における
昭和40年〜昭和55年の死者火災件数のビジュアル化」作業が終了したので
アップします。


